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安藤畳店 ホーム > 会社概要

会社概要・代表挨拶

大正5年、初代 長島牛蔵が立川の地で創業しました。四代にわたって畳一筋、家族を中心にのんびりと営んでおります。

COMPANY

会社概要

私共は、立川市富士見町で、大正5年より営業を開始して以来創業91年になる、畳店です。

作業は、当社の工場にて行います。大きな家具の移動なども、当社にて行いますので、お客様は畳の引き上げ、納めの時に立ち会っていただくだけで結構です。

尚、畳の下の"防虫剤""防虫シート"なども御希望により行います。

朝は、8時00分より営業しています。もちろん、お見積もりや御相談は、無料でさせていただいております。

社名有限会社 安藤畳店
所在地〒190-0013 東京都立川市富士見町2-12-13
代表者代表取締役 安藤 永一(四代目)
創業大正5年(1916年)/ 昭和40年 法人化
電話番号042-522-3018
FAX番号042-526-3018
メールアドレスinfo@ando-tatamiten.com
営業時間8:00〜18:00
休業日日・祝祭日
資格・許可畳製作技能士 一級 3名・二級 1名/建築業許可証
ACCESS

当社迄のアクセス

立川駅北口を出て昭和記念公園方面へ徒歩12分

富士見町二丁目バス停前です。

ローソンの斜向かいです。

立川市・昭島市を中心に、国立市・国分寺市・日野市・福生市・武蔵村山市・東大和市・青梅市・八王子市・あきる野市など多摩地区に、出張費無料で対応しています。エリア外でも、まずはお気軽にご相談ください。

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GREETING

代表挨拶

お写真が入ります
安藤 永一(四代目)
有限会社安藤畳店 代表取締役

全国数ある畳屋さんの中から、当店のホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。当店であります安藤畳店は、大正5年、初代長島牛蔵(ながしまうしぞう)が立川の地にて創業いたしました。聞くところによりますと、当時は20人位の若い衆が、買ってきたワラをみんなで踏んで畳床にして、それを畳に製造して販売していたそうです。初代長島牛蔵に子供がいなかったため、当時の一番弟子であった私の祖父の安藤常蔵が二代目として跡を継ぐことになりました。

その後時代は推移し、三代目の父安藤徳長の代になり、四代目の私が生まれた昭和40年に法人化し、現在の有限会社安藤畳店になりました。畳屋稼業ですが、時代の移り変わり、そして人々のライフスタイルの洋風化なので畳の数は年々減少していく状況にございますが、当店はおかげさまで食いっぱぐれることもなく、毎年毎年それなりに忙しくさせていただき大変ありがたいと思っております。

安藤畳店はこれからも、お客様との「縁」を大事にしながら、「気持ち」や「心」を満たせるように精進していきます。― 代表挨拶より
代表挨拶を全文読む

代表挨拶(全文)

全国数ある畳屋さんの中から、当店のホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。当店であります安藤畳店は、大正5年、初代長島牛蔵(ながしまうしぞう)が立川の地にて創業いたしました。聞くところによりますと、当時は20人位の若い衆が、買ってきたワラをみんなで踏んで畳床にして、それを畳に製造して販売していたそうです。初代長島牛蔵に子供がいなかったため、当時の一番弟子であった私の祖父の安藤常蔵が二代目として跡を継ぐことになりました。

余計な話ですが、ちなみに長島牛蔵は祖母の親戚筋ですので、名字は違いますが血縁者であります。事業をスタートした場所は、今の立川センタービルの辺りの曙町2丁目だったりします。

その後時代は推移し、三代目の父安藤徳長の代になり、四代目の私が生まれた昭和40年に法人化し、現在の有限会社安藤畳店になりました。その40年代の高度経済成長からバブル景気までの頃は、畳屋としては異例の常に職人が5〜6人常駐していて、いつも夜なべをしているほど忙しかったと聞いておりますが、その時に今の場所に土地・建物を取得し、現在も同じその場所で仕事を行っております。その後もちろんバブルは弾けて、失われた20年と言われる時代が始まりましたが、そんな状況の中、私が四代目として跡目を継ぎ現在に至っております。

さて畳屋稼業ですが、時代の移り変わり、そして人々のライフスタイルの洋風化なので畳の数は年々減少していく状況にございますが、当店はおかげさまで食いっぱぐれることもなく、毎年毎年それなりに忙しくさせていただき大変ありがたいと思っております。また、畳の数が減っていっているこの状況を「危機」ではなく、ある意味「機会」と捉え、強いもの・良いものだけが生き残るのではなく、変化に対応したものが生き残るということを意識しております。ですので、例えばカラーの畳であるとか、バリアフリーに対応した15ミリ位の薄い畳であるとか、また介護に対応した、素材が和紙やポリプロピレン樹脂でできている畳なども状況により積極的にご提案させていただいております。残すべき伝統は残し、そして時代の要請に応じた様々な変化に富んだ商品も積極的にご提案していきたいと思っております。

あとですね、完全なる余談ですが、私安藤永一のご紹介をさせていただきますと、私安藤永一は、昭和40年4月24日安藤畳店三代目父安藤徳永と光子の間の3人息子の次男坊として誕生いたしました。長男は徳和、三男は良己という名で、何故か私は次男なのに「永一」と名付けられましたが未だに理由は不明です(笑)

生まれも育ちも、そして最終的には勤務地も立川で、気づけば生まれてからずっと立川にいます。父は長男なので実家が本家になり、母は砂川一番の天王橋が実家で、母の実家には同じ年の従妹がいて、しょっちゅう遊びに行っていたので盆暮れに親の実家に帰省するという感覚が全くありません。結婚する時に奥さんの両親に大反対されて、ちょっと駆け落ちみたいな事をして移り住んだ先が精々錦町6丁目辺りです。しかもウチの奥さんは近所のバイク屋さんの娘でして、ウチの息子は父親の実家が立川市富士見町2丁目12番地、母親の実家が立川市富士見町2丁目15番地となり、私の自宅が立川市富士見町4丁目なので、私よりも更にコンパクトな範囲に収まっていて、小さい頃はほぼ毎日、帰省しているような状態でした。

ふと気づけば、今も昔も気づけばずっと立川なんですね。幸か不幸か、全く立川から出る気がありません(笑)。あまり意識はしていなかったのですが、立川という街が本当に好きなんだと思います。

ということで、地元立川の保育園、小学校、中学校を経て法政一高、法政大学に進みました。元々スポーツが好きで、小中学校の時は暇があれば野球をしていたのですが、高校からは専ら帰宅部専門になりまして、ここから基本的に社会人になるまでは、チャラチャラした情けない話のオンパレードの話になりますので、お話を割愛させていただきます。

そんなこんなで、昭和63年、世間はバブル景気に沸いている最中、何とか大学を卒業し、様々な事情が絡み合い安藤畳店に就職いたしました。バブル景気なので、世の中は空前の売り手市場で、同級生たちもビックリするような企業から内定をもらっていたり、新卒の初任給が過去最高というニュースが流れている最中、夢と希望を持って安藤畳店に就職をしたわけですが、父である社長に「ところでオレの給料はいくらになるんだい?」と聞いてみたところ、「バカ野郎、お前にはこれから仕事を教えてやるんだから、こっちが金もらいたいくらいだ!」と言われ、結局アルバイト代程度の給料からスタートすることになり、いきなり思惑は外れ、まずは社会人の洗礼を浴びたということを記憶しております(笑)

そんなこんなでスタートした職人の世界ですが、職人の世界では、仕事は教わるものではなくて、見たり聞いたりして盗みながら身につけていくものなのです。職人の世界に入るのが年齢的にも遅いと自覚をしていたのもあり、早く一人前になりたい焦りや苛立ちの中、技術は覚えられない、給料は上がらない、朝から晩まで些細なことで怒られたり、文句を言われたりする毎日が続くと、当たり前ではありますが、まぁ仕事が嫌になってきます。1年経ち、2年目くらいになるとやる気がなくなって、もう仕事が嫌で嫌で毎日毎日辞めることばかり考えていました。でも「石の上にも三年」と申します。ですので、3年経つまでは踏ん張り、3年経ったら辞めようと決意していたりしました。

そんな時に転機が訪れます。やる気を無くしている私を見かねた母から、畳の職業学校に行ってみないか?と言われたのです。あと1年で辞めるつもりではありましたが、片足くらいですけど乗りかかった船でしたし、週一回仕事がサボれるしというのもありまして、まぁいいか位の気持ちで入学いたしました。入学すると、私を含め11人の同期生が居て、基本的にはみんなと同じように畳屋のせがればかりでした。彼らとの出合いがこれまでの私の腐った考え方を劇的に変えていきます。一番の年長者でもありましたし、私より若く、生意気盛りの彼らをまとめるためにも、常に成績はトップでいようと決め、努力しました。その思いが実ってか、非常にチームワークの良い11人となり、3年間誰も辞めることなく全員が無事に揃って卒業することができました。また在学中、いろいろな職方の作品展があり、通常学年からは一人か二人位しか出展できないのですが、私は毎年出品することができました。

この学校に行った事により劇的に仕事に対する考え方、取り組み方が変わった私は、仕事に対して常に前向きになりました。考え方が変われば技術も隙あらば見たり、聞いたりして盗みながらドンドン身に付いてきます。ぶつかり合いながらも父に対して意見を言うようになります。ようやく仕事とは何か?という事が分かってくるようになってきたのです。

卒業後、二級技能士の試験に合格し、その数年後にはさらに経験を積み重ね、見事一級技能士の試験に合格しました。また平成17年には父から代を継ぎ、代表取締役になり紆余曲折ありましたが、現在に至っております。

安藤畳店に入社し28年、そして跡を継ぎ、改めて今思うことは、建築材料の中で数少ない天然素材としてのい草の素晴らしさ、畳の素晴らしさと、私のような考えの甘かった半人前の若造を見捨てずに育ててくれた出会った人全ての人に感謝したいと思っております。

畳のヘリは漢字で書くと、この字「縁」と書き「縁(えん)」という字を書きます。気づけば私も畳と同じ、「縁」のみでここまでやってこれました。安藤畳店はこれからも、お客様との「縁」を大事にしながら、「気持ち」や「心」を満たせるように精進していきます。今後とも安藤畳店をよろしくお願い申し上げます。

平成26年2月20日 (有)安藤畳店 代表取締役 安藤永一

TRADITION

伝統100年!畳を知りつくしています!

大正5年
創業・立川の地で
四代
畳屋一筋で受け継ぐ
3名
畳製作技能士 一級(国家資格)
1名
畳製作技能士 二級

(有)安藤畳店は、初代長島牛蔵が立川の地で創業し、その後代々が後を継ぎ、畳一筋100年になります。単なる畳屋と言えばそれまでですが、実は畳の世界は奥が深く、ただ畳を使うのと、畳を理解して愛情を込めて使用していただくのは、後々に差が出ます。日本に伝統的に受け継がれてきた、畳の魅力をお客様に最大限お伝えし、畳のある生活をよりよいものにしていただくために、安藤畳店は、100年に渡って代々蓄積された畳に関する奥の深い専門知識と、お客様の立場に立ったサービスを提供することで、お客様と末長くよりよい関係を築きたいと思っております。

1、(当たり前ですが)隙間の無いように仕上げて納めます

畳というものはその特性上、時間が経ってくると残念ながら縮んでくるものです。極論を言いますと、永遠にピシッと決まった隙間のない畳を敷くことは不可能なのです。畳自体が生きているからこそ、空気や湿気を吸ったり吐いたりして空間に癒しを与え、そのようにして年月と共に大きさに変動が出てくることが、逆を言えば畳の魅力とも言えるのです。安藤畳店は畳の特性を理解した上で、お客様のお直しの際には、できる限り隙間の無いようにご納品をさせていただきます。

2、今ある畳のでこぼこも治します

テレビ・タンス・机・椅子などの足の跡、出入り口等足あたりの多い所、いつも座る所など、今あるお家のでこぼこもできるだけ平らになるようにお直しいたします。

3、お客様の生活を乱さないよう、できるだけ朝引き上げて夕方までに納めます

お客様の普段の生活に影響しないよう、極力朝引き上げて夕方までに納めるようにしています。また引き上げた畳は、お客様のご自宅内ではなく、自社の工場に持ち帰って製作いたしますので、お客様は職人に気を使うことなく、日中はお買い物等に出かけられても大丈夫ですよ。

4、天然い草の畳には全て防カビ加工をしています

畳はその性質上新しくした際にはカビが出やすいものです。またご納品が春先から夏場にかけてであれば、そのリスクは非常に高くなります。そのために防カビ加工をしようと思われる方が多いのですが、化学薬品を使って人体に影響の出てしまうようなことがあってもいけません。そこで安藤畳店は、貝殻を精製加工したカルシウム剤であります「ハイモア」という天然の製品を用いて防カビ・防菌・抗菌加工をしています。これで畳に寝転がっても安心ですね。

5、お客様のところに畳表(たたみおもて)を持っていき、実際見てもらってご提案&お見積をしています

実際畳を直そうと思って、畳屋さんに頼もうと思っても、どうもどの畳がどういいのか見た目にはいまいちわからないかもしれません。そこで安藤畳店は、お客様のところに畳表を持参し、見た目には微妙な違いかもしれませんが目の当たりにしていただいたり、触った感覚の違いをお客様自体に確認していただいて、お客様と商品とのフィーリングやインスピレーションを感じてもらうことを大事にしています。また、国産物や中国産のそれぞれの良さをご説明し、ご予算やTPOに応じて、お客様の立場に立ってご提案&お見積させていただいております。

6、常にお見積&ご提案は無料です!

お見積やご提案に関しましては、いかなる場合におきましても、複数回ご用命いただきましても、当たり前ではございますが、基本的に全て無料とさせていただいております。

7、畳をしっかりと拭き上げてご納品いたします

新品の畳は、触れると白い粉が出てきます。畳を作る際、材料であるい草を備後染土(びんごせんど)という土を使い泥染にしてから乾かすことによって、畳の色・風合いが出るのですが、どうしても納品時の時のように畳が新しいと、土の成分の白い粉がついているのです。

安藤畳店は、ご納品の際、手や服に白い粉が極力つかないように一つ一つの畳をしっかりと拭き上げるようにしています。また拭き上げることによって、敷き面に艶が出てきます!

8、親子四代、約100年に渡る畳に関する経験・知識がございます

当店は1916年(大正5年)に初代長島牛蔵が立川市曙町に創業より、二代目安藤常蔵、三代目安藤徳長、四代目安藤永一と代々四代に渡って脈々と畳屋一筋を生業としてきて現在に至ります。

時代に応じて代々培った、和洋折衷ありとあらゆる畳に関する知識・経験に下支えされています。

また三代目安藤徳長、四代目安藤永一は「一級畳技能士」の資格も保有しております。

畳以外のことは分からないことだらけですが、畳と畳周りのことであれば、何でも即お答えいたします(^^)

STAFF

のんびりと家族経営でやっています!

当店は家族を中心に、のんびりと家族経営で営んでおります。家族経営と言うと時にうだうだな感じがする方があるかと思いますが、それは少し当たっておりまして、プライベートはそんな気がします(^^; しかし、皆「畳」のことになれば、目の色が違います! 筋金入りの畳一筋の業界人がフルに揃っています!!! それぞれがプロ中のプロでございます!!! ですので畳に関してのことであれば、様々なニーズにお応えできる体制を整えております! また畳を通してお客様とのコミュニケーションが大好きな人たちでもあります。ぜひ機会がございましたら、お気軽に話しかけてくださいませ(^^♪

安藤徳長
業務:寸法取り 現場納品

主に現場に出かけて、畳の入る予定の部屋の寸法を取ります。また小規模の現場の納品も行います。もちろん安藤畳店の三代目であり、前代表です。

安藤光子
業務:営業 経理

長年に渡る地元の方々との抜群のコミュニケーションにより、営業全般を主に行い、会社の経理も全て握っております。ある意味大番頭です(汗)。本人は歌が大好きで勢い余ってレコードも出してます!

下山田(通称山さん)
業務:張り替え

安藤畳店に来て既に50年、畳の世界に身を置いて60年の大大大ベテランです! 張り替え業務のエキスパートです。趣味は映画と土いじりです。

佐藤(通称宏くん)
業務:新床

畳業界では知る人ぞ知る茨城訓練校出身のスゴ腕です!仕事を着実にこなしていくタイプです。背が高いので、お客様の家に納品の際に、頭をぶつけることがたまにあります(^^;

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